株式譲渡契約の翻訳で気を付けていること

近年、M&Aで事業を拡大する例が増加し続けています。技術、顧客層、資金力など、会社ごとに強みとするところは異なりますが、これらの強みをうまく組み合わせることによって、これまでにない製品やサービスが生まれる可能性があり、これを実現するための手法として、M&Aというのは一つの強力な手段です。個々の業界がその専門性を深化させているこの時代にあっては、その重要性はより一層増してきていると言えます。

中でも買収の態様によるものは、一から技術、製品、サービス等を開発し、事業に育て上げるのではなく、既に事業として成立しているものについて、自社の事業との相乗効果が見込めるなど、将来見込める収益が取得にかかる対価を上回ることが想定される場合に、対価を支払ってその一部又は全部を獲得するものであり、想定どおりに物事が進んだ場合には、事業規模の拡大、既存事業の強化など、多くのメリットをもたらすものです。

他方、事業は、様々な要素が複雑かつ有機的に絡み合って成立しているものであり、一つひとつが異なるものであることから、対象が会社、事業、株式のいずれであっても、その買収に際しては、やはり様々な考慮が必要となってきます。

株式譲渡契約は、ある会社の株式を当事者間で譲受する際に締結される契約をいいます。これにより、譲り受ける当事者は、譲り受けた株式の範囲で、当該株式を発行している対象会社の支配権を有することになります。

当該対象会社の事業方針を決定することを希望している場合は、当然ながら、大量に当該会社の株式を取得することになり、通常はその対価の額も大きくなりがちです。このとき、買収後に、対象会社の財務状況が実は極めて悪かったという事実や、当該会社と他社との間で締結されている契約の条件が当該会社にとって非常に不利なものである事実が事後的に判明しても、採ることのできる対策は非常に限られており、結果的に巨額の支出に見合った収益を上げることができず、買収は失敗に終わり、お荷物を抱え込むだけとなってしまった、ということになりかねません。

このような状態を避けるために、株式譲渡契約には、非常に細かく、かつ、非定型的な、個別の事情に即した諸規定が定められることが多いと言えます。当然、すべてを規定すると膨大な契約になってしまって、交渉が進まないということになりかねませんし、このような案件は時間との戦いで迅速に進めていく必要がある場合がほとんどかと思いますので、当該契約で最も実現したいことを中心に、交渉対象を絞って規定していくのが通常であろうと思われます。(交渉が難航した場合に備えて、あえて捨てるための規定を入れる場合もあるでしょう。)

逆に言えば、このような契約では、その規定、そして当該規定に関する交渉の経過を見ることによって、相手方が何を重視しているのか、ということが見えやすいということでもあります。

翻訳をする際には、このような条項をいち早く見抜き、他の部分も然ることながら、当該条項を極めて慎重に取り扱うようにしています。