2周年を迎えることができました

平素よりお世話になっております。

先日、皆様のおかげで事務所の開設から2周年を迎えることができました。

あらためて、心より感謝申し上げます。

今後も研鑽を怠らず、少しでもお役に立てるよう精進してまいる所存ですので、引き続きご愛顧いただけますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

雛型利用と法令違反の回避

少し前になりますが、2020年6月28日付けの日本経済新聞において「新興の知財、大企業が乱用 公取委調査 無償要求や情報流出」と題する記事が掲載されていました。同記事によれば、この表題のような状況が横行していることを受け、今後公正取引委員会と経済産業省が共同でスタートアップに関する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という)の解釈などを盛り込んだ指針を作成していくということでした。

この点に関連して、1年以上前の2019年6月14日に、公正取引委員会により、「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」と題する文書が公表されています。

「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について」と題する文書の第2によれば、ノウハウや知的財産権の不当な吸い上げがあるとの声があったことから、この調査が実施されたようです。

「不当な吸い上げ」の具体例としては、ノウハウの開示の強要、名ばかりの共同研究、特許出願への干渉、知的財産権の無償譲渡の強要が挙げられています。このような行為は、独占禁止法第2条第9項第5号の優越的地位の濫用規制や下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という)に抵触する場合があります(下請法については第4条第2項第3項など)。

これらは「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書(概要)」(以下「報告書の概要」という)の「調査結果」に記載されており、「これまであまり知られてこなかった」との文言があります。

この点については、現場の法務としては当然のように神経をとがらせているところではないかと思われますが、法務部門が設けられていない、または新設されたばかりで、他部署から異動してきた法務未経験者が担当している企業においては、上記のような求めが不公平であると漠然と感じながらも、相手方との取引の開始または継続のために、または不公平だとしても、それを法的に理由づけるための考え方やノウハウを有していないがために、相手方や外部機関に対して声を上げづらいという実態があったものと思われます。

報告書の概要では、「大手の取引先から契約書案を一方的に送りつけられ,「文句を言っているのは貴社だけ」などとそのままの文言での契約を強要される事が日常的に起きている」とあります。このように、事実上、契約案の提示を受ける企業が受け入れるか、あるいは取引をしないか、という二者択一になっているケース(内容の交渉の余地がないケース)は、契約案提示企業が多くのサプライヤーと取引を行っている場合においては、サプライヤーを統一的に管理したい(個々のサプライヤーごとに異なる条件で管理するのは煩雑なので避けたい)との実務面での要請が働くことに鑑みれば、一定程度存在し得るであろうことは想像に難くありません。

特に、定型化されている契約書の雛型は、その使用の際に都度法務部門が関与するというよりも、それを実際に運用する部門が社内のイントラネットからダウンロードして必要に応じて使えるようになっていることが多く、法務に交渉の開始(場合によっては交渉の存在自体)が知らされないようなケースにおいては、二当事者間の力関係において優位な当事者側が(時には法律に違反するような態様で、その事実を知らずに)強硬な姿勢に出てしまう可能性があることは否めません。

リソースが限られている法務部門が、雛型を使用する都度、交渉の内容にまで立ち入って審査することは現実的ではありませんが、法務部門としては、雛型を利用可能な状態にするに際して、その注意点を電子ファイル中に記載し、(特に契約交渉を行う社員に対して)その利用方法についての社内教育を実施することで、上掲の法令違反の発生率を低減することができるのではないかと思われます。

 

電子署名と押印

前回の投稿(「押印についてのQ&A」について)では、押印が法的に持つ意味について書きました。そして、その代替的な方法として、電子署名があるというところまで記載しました。

電子署名に関する法律としては、「電子署名及び認証業務に関する法律」があります。

そして、「電子署名」の定義は、第2条第1項にあります。

(定義)
第二条 この法律において「電子署名」とは、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいう。
一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。
二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。

つまり、電磁的記録に記録した情報の作成者を示し、その情報が改変されていないことが確認できる措置が「電子署名」ということになります。

なお、総務省では「電磁的記録に記録された情報について作成者を示す目的で行う暗号化等の措置で、改変があれば検証可能な方法により行うもの」と定義しています(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/ninshou-law/law-index_e.html)。

そして、その効果は第3条に定められています。

第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

これは、前回の投稿(「押印についてのQ&A」について)で引用した民事訴訟法第228条第4項とパラレルになっている規定です。

(文書の成立)
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。

民事訴訟法第228条第4項では、「本人又はその代理人の署名又は押印があるとき」に真正に成立したものと推定される、とされています。

電子署名法第3条では、「当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているとき」に真正に成立したものと推定される、とされています。

ここで重要なのは、かっこ書き(「これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。」)です。つまり、第2条第1項で定義されている「電子署名」の中でも、この第3条かっこ書の要件を満たしたものだけが、第3条の推定効を受けることができる、という構成になっており、逆に言えば、この要件を満たさなければ、第2条の「電子署名」であっても推定効が働かない、ということになります。つまり、印鑑に置き換えれば、認印のようなものということです。

では、この要件を満たすにはどうすればよいでしょうか。一つは、第2条第2項および第3項に定める特定認証業務を行っている認定事業者により特定認証業務を依頼して証明してもらうことです。

第二条
2 この法律において「認証業務」とは、自らが行う電子署名についてその業務を利用する者(以下「利用者」という。)その他の者の求めに応じ、当該利用者が電子署名を行ったものであることを確認するために用いられる事項が当該利用者に係るものであることを証明する業務をいう。
3 この法律において「特定認証業務」とは、電子署名のうち、その方式に応じて本人だけが行うことができるものとして主務省令で定める基準に適合するものについて行われる認証業務をいう。

特定認証業務を行っている認定事業者は法務省のこのページに掲載されています(平成30年11月10日現在)。

しかし、これらの業務依頼には当然ながらコストがかかります。

また、第3条かっこ書の要件として、特定認証業務により認証されなければならない(他の方法は利用できない)と定められているわけではないので、別の方法でも当該要件を満たせる限りは問題ないと考えられますが、技術的には特定認証業務で用いられているのと同等のものが求められることになりそうですので、すぐに別の方法を利用する、というわけにもいかないのが実情と言えそうです。

ここまでの話から、これから電子署名を導入しようとする企業においては、電子署名を導入するか否か、導入するとして第3条の推定効まで求めるか、ということを検討する必要があるだろうと思われます。そして、これらの検討は、段階的に行われるのではなく、一括で行われるのが望ましいと言えます。なぜなら、民事訴訟法第228条第4項と同等の効果を目論んで電子署名システムを導入すると決定した後で、コスト等の要因により、第3条かっこ書を満たす電子署名の導入はできないことが判明し、結局電子署名は導入したものの、電子署名法第3条の推定効(民事訴訟法第228条第4項と同等の効果)を得るまでに至らなかった、となれば、そもそも導入の意味がなくなってしまうからです。

したがって、電子署名の導入をする際には、電子署名法第3条の推定効まで求めるのか、そこまでではなく、単に押印の代わりの方法として電子署名を用いるのか、ということの検討が一つ大きな検討事項になると言えます。

なお、特に法務部門の方であれば、電子署名ではなく、これまでどおり書面での契約を考えてみたときにも、実は民事訴訟法第228条第4項の推定は働かない可能性があるのでは、との疑問が湧いてくる方もいらっしゃるかと思います。

前回の投稿(「押印についてのQ&A」について)のとおり、民事訴訟法第228条第4項の推定は、二段の推定となっていて、第1段階は本人の意思による押印かどうか、を印鑑証明書等により、本人所有の印鑑により顕出される印章であることをもって証明することで、本人の意思による押印であることが推定され、第2段階で民事訴訟法第228条第4項の推定を働かせる、という仕組みになっていました。つまり、書面上に顕れている印章が、印鑑証明書等の何かしらの手段をもって、本人の印鑑により検出されたもので、本人により押印されたことが確認できることが、民事訴訟法第228条第4項の推定を受ける上で非常に重要となっていました。

しかし、実務を考えてみますと、契約締結に際して、契約書を作成する都度、そこに顕れている印章が本当に本人の意思により押印されているか否かを確認しているわけではない場合がほとんどではないかと思われます(考えるだけでも、毎回印鑑証明書を取得するのは煩雑に過ぎます)。となれば、実印に見えても、実は印鑑登録されていないものだった、ということも可能性としては十分にあり得るわけです。

とすれば、電子署名の場合にだけ、本人による電子署名であることを担保する必要性もないのではないか、という疑問が生じてくるはずです。

この点は、押印の場合と電子署名の場合とで、その押印/署名に至るまでの社内プロセスの差異(社内規程など)、あるいは、基本的には印鑑は慎重に管理されており、印章管理規程も整備され、限られた者のみが使えるようになっていることに比して、(サービスによるかとは思いますが、一例として)電子署名は署名用のリンクが記載された電子メールを(署名を求められた)本人から他者に転送すればその他者が誰であっても「本人として」署名できるようになっている、などの違いに鑑みて、後に文書の成立の真正が争われた場合に、「本人しか電子署名できなかったはずだ」「仮に別の者が電子署名していても、本人に過失があったはずだ」とどの程度強く主張できるのか、ということを検討して、各社での考え方を整理し、利用の可否を判断していくことになろうかと思われます。あるいは、対象とする契約を限定する、ということも一つの方法であろうと思われます。

また、クラウド利用という特性も踏まえ、内容によっては、個人情報保護法等の他の法令の検討を要することもあり得ます。

「押印についてのQ&A」について

令和2年6月19日、内閣府、法務省および経済産業省の連名で、「押印についてのQ&A」が公表されました。

これは、こちらに「テレワークの推進の障害となっていると指摘されている,民間における押印慣行について,その見直しに向けた自律的な取組が進むよう」とあるように、押印が不要であることを周知することで、テレワークを促進するために作成されたものです。

そもそも、押印がなくとも契約が成立することは、少なくとも法務担当者の間では常識のことかと思います。根拠は、以下の民法522条です。

(契約の成立と方式)
第五百二十二条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

簡単に言えば、1項では「契約は申込みと承諾によって成立する」、2項では「法令が別途定めていなければ、どうような態様でも契約を成立させることができる(書面も原則として不要)」という旨が規定されています。(「契約」と「契約書」の違いについては、以前の記事をご覧ください)

第2項にはっきりと「書面の作成・・・を要しない」と記載されており、書面がなければ押印もしようがないですし、「その他の方式を具備することを要しない」とも言っていますので、契約を成立させるために押印は当然不要となります。

そこで、一つ目の疑問として浮かぶのは、それでも契約書を作成しているのはなぜか、ということです。これも、上記の記事に書いたとおりですが、引用すると「それではなぜ契約書を作成するのか、ということですが、それは、両当事者の意思を言葉に落として、将来的に契約内容に疑義が生じることを避けるためです。文言にすることによって、意思の明確化を図ることができるとともに、両当事者間で共通認識を持つことができることに加え、より慎重に契約交渉が行われることとなって、その反射的効果として、契約遵守の意識が高まる、という副次的な効果も生じます。」ということです。

次に、二つ目の疑問として浮かぶのは、契約書作成の必要はわかったが、さらに押印までするのはなぜか(民法第522条第2項には「書面の作成・・・を要しない」と記載されており、書面がなければ押印もしようがなく、「その他の方式を具備することを要しない」とも言っているにもかかわらず)、ということです。

これも以前こちらの記事に記載したとおりですが、以下の民事訴訟法第228条が関係しています。以下は、上記の記事からの引用です。

「(文書の成立)
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。

そして、契約書は私文書に属するため、第4項が関係します。(なお、「私文書」とは公文書以外の文書のことで、「公文書」とは公務員がその権限に基づいて職務上作成した文書をいいます。)」

詳しくは上記の記事押印によるQ&Aをお読みいただければと思いますが、簡単に言えば、押印をするのは、「本人の押印があれば、その文書は真正に成立したものと推定されるから」です。

真正に成立したことが推定されるということは、つまり、相手方によって、文書が真正に成立したという事実の不存在が少なくとも真偽不明の状態に持ち込まれるか、本人の意思で作成したという事実についての反証がない限り、文書が真正に成立したという事実があるということになるため、実質的に文書が真正に成立した事実についての立証責任が転換されるのに近い効果が生じることになります(「二段の推定」の記事をご覧ください)。

仮に損害賠償金を1億円と定めるある契約書について、当方が訴えを提起し、裁判が開始されたときに、相手方が「自分はそんな契約書など作成した覚えはない、だから1億円の損害賠償義務も負っていない」と主張すると、当方が「その契約書が当方と相手方との間で作成され、真正に成立したものであること」と証明しなければなりません。そして、裁判官は、文書成立の瞬間を見ていないので、当事者双方から提示される様々な証拠から、確かに両当事者がその文書を作成し、真正に成立させたのだ、ということを形式的に認定していかなければなりません(これが押印によるQ&Aで言及されている「形式的証拠力」ということです)。内容の(実質的な)審査の前提として、文書が真正に成立したという(形式的な)事実が必要だということです。

その際に、上記の民事訴訟法第228条第4項が使えるのです。すなわち、本人による押印があれば、文書が真正に成立したと推定されることになります。

そして、この「本人による押印」を認定するために、「本人の意思による押印」と読み替え、本人の意思によるかどうかは、例えば本人の印鑑により顕出される印章が用いられていることを印鑑証明書により証明することをもって本人の意思によることが(事実上)推定され(第1段階の推定)、そして本人の意思による押印があるのであれば、民事訴訟法第228条第4項により、文書が真正に成立したものと(法定証拠法則により)推定される(第2段階の推定)、という「二段の推定」の論法が用いられていることも、上記の記事で述べたとおりです。

まとめると、押印をするのは、相手方に文書の成立の真正を争われたときに立証負担を軽減するため、ということです。今回の押印によるQ&Aの主題のとおり、決して契約を成立させるために必要だということではありません。

しかし、契約書を証拠とするためには、やはり当事者間の意思表示がそこに現れている、ということを担保しなければなりません。押印が不要、というのは、別に押印でなくてもよい、ということを言っているに過ぎません。押印に代えて、何らかの意思表示を確認できるようにしておく必要性がなくなることはありません。

では、どうするのか、ということも、押印によるQ&Aに記載されています。それが問6「文書の成立の真正を証明する手段を確保するために、どのようなものが考えられるか。」です。回答としては、その契約の成立に至るまでの過程を記録しておくことと並んで、電子署名が挙げられています。

電子署名の法的リスクは、日経新聞において、2020/5/28付「クラウド上の契約に法的リスク 20年前施行の法が壁に」と題する記事や、2020/5/30付「電子契約の効力 法的リスクも 制定20年前、第三者署名は想定外 ハンコ見直しの壁に」と題する記事でも紹介されています。

かなり長くなってしまいましたので、電子署名の法的リスクについては、別の回に譲りたいと思います。(2020年6月22日更新:「電子署名と押印」をご覧ください。)

特殊な秘密保持契約(秘密保持期間について)

秘密保持期間の定め方は前回記載したとおりですが、たまに特殊な考慮を要する場合があります。

それは、紹介がビジネスとなっている場合です。人材紹介、業務提携先、あるいは業務そのもの、ということもあるでしょうか。

こういった場合、紹介をビジネスにしている側は、紹介する対象それ自体が商売材料ですので、これを自由に使われてしまっては商売が成り立たないことになります。

したがって、こういった場合の秘密保持契約では、紹介する側は、きっちりと、紹介対象に関する秘密を相手方に守らせる必要があることは言うまでもありません。

また、このようなビジネスでは、紹介したからと言って、紹介される側の需要やタイミング等の要因によって、すべてがうまくいくとは限りません。とはいっても、後に知らないところで、紹介された側と紹介対象が何らかの関係を有するに至った、などということも可能性としては十分にあります。そこで、「私たちが貴社に(例えば事業提携先を)紹介したが、運悪くビジネス成立に至らなかった場合であっても、紹介から〇年の間に、当該紹介対象との間で貴社が何らかの関係(例えば取引関係)を有するに至った場合は、最初に紹介した私たちのおかげでその関係が成立したものとみなす」などとして、一般の秘密保持契約らしからぬ、少しビジネスに足を踏み入れたような条項を定めておく必要があります。

これを受けた紹介される側の当事者は、どのような点に気を付けるべきでしょうか。

もし紹介される側だとすれば、「そのタイミングでは難しかったが、その後別の会社から同じ紹介対象(例えば業務提携先)について紹介を受け、そのときには種々の条件が整ったので、正式に紹介してもらうことになった」ということもあるでしょう。このとき紹介した側の企業は、当然紹介料を請求してくるでしょう。

しかし、このときに、上記で見たような条項を含む秘密保持契約を、同じ業務提携先を以前に紹介してきた別の会社とその紹介の際に締結していて、上記のみなし紹介期間内にあるとすれば、この会社にも紹介料を支払わなければならないということになりかねません。

この場合には、「私たちが貴社に(例えば事業提携先を)紹介したが、運悪くビジネス成立に至らなかった場合であっても、紹介から〇年の間に、当該紹介対象との間で何らかの関係(例えば取引関係)を有するに至った場合は、最初に紹介した私たちのおかげでその関係が成立したものとみなす」という条項の提示を受けた当事者(紹介を受ける側)としては、但書で「ただし、その期間内であっても、第三者がまったく関係なく同じ紹介対象を紹介してきて、それをきっかけにして何らかの関係を有するに至ったときには、前述の規定は適用されない」などとして、最初の紹介する側の当事者とはまったく関係のない(その当事者から情報を入手してそれを不正に利用している、などではない)第三者からの紹介であれば適用除外とするようにしておくことが望ましい対処法の一つと言えます。

秘密保持期間の定め方のバリエーション

秘密保持義務を負う期間については、基本的に開示する秘密情報がどの程度で陳腐化するか、すなわち秘密情報の性質に焦点を当てつつ、これまでの取引実績等を踏まえた相手方の信頼性、交渉の経過などに鑑みて、判断されることになるのが一般的かと思われます。

なお、契約期間と秘密保持期間は異なります。契約期間は、その期間に開示される情報であって、契約上「秘密情報」の定義の範疇に入るものが、当該契約上秘密情報として取り扱われる(したがって、秘密保持義務の対象となる)期間を意味します。換言すれば、この期間を過ぎて開示された「秘密情報」の範疇に入る情報は、当該契約上「秘密情報」としては取り扱われない(したがって、秘密保持義務の対象とはならない)ことを意味します。

他方、秘密保持期間とは、開示された情報が契約上の「秘密情報」に該当することを前提として、その情報について受領者が秘密保持義務を負う期間を意味します。したがって、秘密保持期間が長く設定されていれば、契約期間が終了した後も、秘密保持期間が存続していることは十分考えられます。(むしろ、そのケースの方が多いのではないでしょうか。)

具体的には、2020年5月1日から2020年12月31日までの契約期間で秘密保持契約を締結し、秘密保持期間は、「開示されてから5年間」と定めた場合、2020年6月1日に秘密情報が開示されたときには、契約期間は2020年12月31日で満了となりますが、秘密保持期間は2025年5月31日までとなりますので、受領者は、2025年5月31日まで当該秘密情報について秘密保持義務を負い続けることになります。

これを踏まえた上で、秘密保持期間の定め方のバリエーションをいくつかご紹介します。

まずは、「本契約締結日から〇年間」というものがあります。例えば、契約締結日が2020年5月1日だとして、秘密保持期間が「本契約締結日から5年間」だとすると、秘密保持期間の終期は2025年4月30日となります。この場合、2020年6月1日に開示された秘密情報も、2025年4月1日に開示された秘密情報も、いずれも2025年4月30日までは秘密保持義務の対象となる秘密情報だということになります。開示が遅くなるほど、秘密保持義務の対象となる期間も短くなります。

このパターンは、契約締結と同時あるいはそれに近い時期に秘密情報を一気に開示して、その後は一切開示しないケースで用いることができます。契約期間が長く設定されていて、その間に散発的に都度新規の秘密情報を開示することが想定される場合は、あまり向いていない定め方と言えます。

次に、「各秘密情報の開示日から〇年間」というパターンもあります。これは、各秘密情報が開示された日を起算点として、そこから〇年間を秘密保持期間とするものであり、秘密情報が開示されるタイミングを問わずに、一律の秘密保持期間を適用できるものです。

上記の例を借りれば、2020年6月1日に開示された秘密情報は2025年5月31日まで、2025年4月1日に開示された秘密情報は2030年3月31日まで、それぞれ秘密保持義務の対象となる秘密情報だということになります(いずれの開示日も契約期間中であるものとします)。

このパターンは、契約期間が長く、散発的に新規の秘密情報を開示する必要性が想定される場合に用いることができます。ただし、開示側も受領側も、各秘密情報についての秘密保持期間を個別に管理する必要があり、管理が煩雑になりやすいため、実態が伴わないということにならないように留意する必要があります。

最後に、「契約期間終了後も、秘密保持義務は存続し続ける」とするものがあります。つまり、半永久的に秘密保持義務を負うとするものです。受領者の責めに帰すべき事由によることなく公知となれば、その時点で秘密保持義務の意味がなくなりますが、それまではずっと秘密保持義務を負い続けなければなりません。

開示者としてはこれが最も望ましいですが、受領者側には非常に重い義務となるため、反発することが当然ながら多いです。

テンプレートを使って秘密保持契約を簡易的に締結するにしても、秘密保持期間については、上記の要素を考慮に入れながら決定する必要があります。

開示側と受領側 – 秘密保持契約

これまで秘密保持契約についていくつか投稿してきましたが(秘密保持契約の意義秘密情報の定義の重要性秘密保持契約の目的条項)、中には「開示側だとすれば」という前提を置いて述べたものがありました。

定型的に処理されがちな秘密保持契約において、自社が開示側なのか、受領側なのか、ということは、すべての大前提となります。これによって、諸条件の規定の仕方が変わってくるからです。

例えば、秘密保持契約の目的条項でも述べたように、開示側であれば自己が開示する使用目的をなるべく限定したいのに対して、受領側としては広く目的を設定して、以降の事業活動につなげたいと考えるのが通常です。

受領側が広く目的を広くとっておいて、以降の事業活動につなげたい、という意味は、悪用する、ということではなく、例えば、A社がB社に対して、ある製品の製造依頼を検討しており、まずは見積もりを得るために、A社が製品仕様をB社に開示しようとしている例を考えてみると、仮に使用目的を「A社からB社に対するα製品の製造依頼の可否を検討するに際して、A社が開示する秘密情報に基づいて、B社がA社に対してα製品の製造にかかる費用の見積もりを作成して提出するため」とした場合、目的は「見積もりの作成と提出」ということになります。そして、見積提出後に、実際に製造依頼をする、となった段階で、製造の際にも、見積のために開示された情報を使うことになるかと思いますが、「製造」は上記の使用目的に含まれていないため、別途契約を締結する必要があるか否かが問題となり得ます。もちろん、見積時の契約解釈によって、製造時に使用されることが当然に想定されており、製造段階での使用も契約の範囲内である、ということも言えなくはないでしょうが、疑義が生じる可能性があることは否定できません。

これは一例ですが、他にも、秘密を保持するために採るべき対策、役職員に課される義務の重さ、秘密保持期間など、開示者と受領者では検討の方向性が真逆になる部分ばかりです。秘密保持契約に限らず、契約一般に言えることではありますが、秘密保持契約に引き付けて考えると、ということです。そして、なぜあえて秘密保持契約で特段問題としているかと言えば、それは、秘密保持契約の目的条項でも述べたように、秘密保持契約がテンプレート化されていることが多く、時として、テンプレートを使用する部分が誤って、自社の立場とは逆の想定のテンプレートを使用してしまう(例えば、自社が秘密情報を開示する側なのに、自社が受領側となる想定のテンプレートを使用してしまうなど)ことがあるからです。この点、業務委受託契約やM&A契約などは、誤る可能性は極めて低いと言えるかと思います。

秘密保持契約は日々発生し、定型的に処理されていってしまうものであるからこそ、この流れの中でミスが起こらないような仕組み(Wordにコメントを付す、イントラに注意書きを記載する、使用時には簡易的なチェックリストで誤解がないように確認する、など)を整えておくことも、法務部門の一つの役割ではないかと思います。

秘密保持契約の目的条項

先日の投稿のとおり、大部分が定型的な処理で済んでしまう秘密保持契約ですが、この投稿で説明した秘密情報のほかに大事なものとして、秘密保持契約の目的が挙げられます。

このように書くと、当然だと思われる方々もいるかと思いますが、実は、実務的には盲点となっているところでもあります。

というのも、その定型的な性質上、秘密保持契約は、自社が委託者となる場合、受託者となる場合、相互に秘密を開示する場合、など、いくつかの種類で、各社においてテンプレート化されていることが多く、その中では案件によって異なる目的、秘密保持期間等、限られた部分が空欄とされていて、実務担当部門が必要になれば、社内のイントラからダウンロードして、空欄を埋めて、法務部門を通さずに相手方に提出する、といったことは頻繁に行われているからです(雛型についてはこちらの投稿もご参照ください)。

ここで「盲点」と申し上げるのは、社内でこの秘密保持契約の目的の重要性について周知されないまま、必要な部門が自由にテンプレートを利用できるようにしてしまうと、適当に目的と秘密保持期間を記載して、相手方に提出してしまうおそれがあることが懸念されるからです。テンプレートということは、毎回法務部門を通さなくてもよいように、との配慮が働いている場合がほとんどではないかと思われますが、そうである場合、相手方から特段修正の要求がなければ、目的が曖昧なまま締結されてしまう可能性が高いことを意味します。

そして、なぜこれがリスクとなるかと言えば、例えば自社が開示側だとして、目的を広く、例えば「両当事者の事業活動の推進のため」などとしてしまうと、相手方は、契約に違反することなく、相当程度自由に開示された秘密情報を利用できることになってしまうからです。

悪用された場合には、不正競争防止法等、法律上の救済対象となることはあるかもしれませんが、少なくとも、契約上の責任を問うことが難しくなってしまうことは否定できません。

秘密保持契約をテンプレート化する際には、併せて利用部門の意識を高める工夫も必要となると言えます。具体的には、Word文書で作成している場合には、コメントで目的記載時に注意すべき事項を記載しておくとか、利用方法をまとめたpptを一緒にイントラにアップしておくとか、社内教育を実施するとか、といったところかと思います。

秘密情報の定義の重要性

ビジネスを開始するに際して、情報を開示する前に必ずといってよいほど締結される秘密保持契約は、そのバリエーションは多くなく、定型的な処理で済む、と思われがちです。

しかも、秘密情報の漏えいは、無形であるという性質上、相手方から漏えいしたらしい、ということがあっても、証拠を入手しづらく、結果的にその責任を問うのが難しいため、Gentleman Agreement(紳士契約)と言われることもあり、この点からも軽視されることが多いというのが実情です。

このような気持ちは理解できますし、定型処理で済む場合がほとんどであることは否定しませんが、その目的とするところによっては、定型的な条項であっても十分な精査が必要になることがあります。

ここでは、このような定型的な契約類型にあって、限られた非定型的(であるべきだが、あまり意識されていない)なパーツである秘密情報の定義について述べたいと思います。

そもそも、秘密保持契約の目的は、秘密情報が意図せず公になってしまい、情報の価値が下がったり、当該情報を使用することで得られることが見込まれていた利益を逸してしまったりということがないように、相手方に秘密保持義務を課すことにあります。

開示側としては、開示することが少しでも想定される秘密は、契約上「秘密情報」として定義し、当該契約で保護される対象としたいと考えるのが通常でしょう。逆に、受領する側としては、受領した情報に対する保護義務を少しでも軽減すべく、「秘密情報」の範囲を限定するような定義を望むことになります。

ただし、あまりに広すぎると、かえって秘密となる対象が見えにくく、また、現実的に保護や管理が不可能な場合には、全体として保護に対する意識が低下するということもあり得ます。そうすると、結局開示側が意図したとおりに秘密情報が保護されない、という事態にもなりかねません。

やはり、その契約が目的とするところを見据えて、具体的にどの情報が開示されることが想定され、その中でどの情報を秘密とするのか、ということは、一度立ち止まって事業部門と法務とで考えてみる必要があります。

これを確認しておくことで、秘密保持契約が実効性あるものになり、特に当方が開示する側である場合には、保護される情報はどれなのか、ということを実際に開示する担当者が理解し、開示する際に「これは秘密である」という意識をもって慎重に(パスワードを付す、不要な部分はマスキングするなどして)開示し、場合によっては相手方にもその旨を伝えて注意喚起もできるようになり、また、「秘密情報」として定義されていない情報は安易に開示しない、という自制にもつながるものです。

いくら立派な契約書があっても、運用が伴わなければ意味がありません。特に運用担当者が理解して実行できる現実的で実効性のある契約にすることが必要です。

表明保証条項(Representations and Warranties)

M&A契約において、表明保証条項は非常に重要です。

先日の投稿のとおり、M&Aで取得側に回ったときに、自社の想定とは異なる事実が後から発覚しても、採ることのできる措置は限られていることから、事前に、すなわち、契約交渉から締結に至るまでの段階において、前提条件を相手方に表明してもらい、その違反があれば相手方に責任が生じる旨の保証責任を相手方に負わせることが不可欠です。

そして、これも先日の投稿のとおりですが、M&A契約は、その内容が非常に個性的であり、この表明保証条項(英語ではRepresentations and Warrantiesなどと言います。日本語では、略して「レプワラ条項」と言うこともあります)は、まさにそのような個性が強烈に表れる条項の一つとなっています。

一般的なところでは、会社が有効に設立され、存続していること、提出した計算書類等が正確であり、簿外債務等がないこと、訴訟が継続していないこと(あるいは、開示している訴訟以外には訴訟がなく、またそのおそれも合理的に予見されないこと)などが考えられます。

これらは、一般条項的なものであるため、交渉してその範囲を限定したり、拡大したり、ということはあまりないだろうと思われます。したがって、買主側が契約案を提示するのであれば、他の一般的な表明保証条項とともに、ボイラープレート的に規定しておくことになるでしょうし、反対に売主側から提示を受ける場合であって、これらの規定が規定されていないときは、対案を返す際に、当たり前のように「ついで」的に入れておくことになるでしょう。

(なお、売主側は、できれば表明保証する事項を少なくしたいので、薄く表明保証条項を定めてくる場合もあり得ます。ただ、一般的に見られる事項まで規定しないというのでは、買主側の不信を買うだけですので、実務的には薄ければ薄いほどよい、というものでもないと言えます)

表明保証条項で勝負となるのは、こういった一般的な事項以外の事項です。この点については、法務だけではなく、事業に関連する他部署からの意見を募って(むしろ、そちらの方が実情に即している優れた条項になることが多いです)、打ち合わせを重ねて、条項を練っていく、という作業が必要となります。

法務で契約審査、と言えば、一人きりの世界に閉じこもって黙々と作業をするイメージもあり、定型的かつ影響が小さいものはそれでも問題は起きにくいと思いますが、このような全社的に影響を与え得る契約については、他部署との連携が通常の何倍も重要となります。そして、このM&A契約は、とりわけその重要性が高い種類の契約と言えます。

私が企業の法務部門で仕事をしていた頃は、ここは法務の腕の見せどころだと思っていました(し、当然今もその思いは変わりません)。この条項を限られた時間の中で、この契約が目的とするところを理解し、関連部門の意図を汲み、それに関する法的リスクを洗い出し、法務としてベストの案を当該関連部門に提示し、そのままで受け入れられない場合にはその落としどころを探り、それを正確に文面に落とし込んで、交渉していく、という、地道でもあり、ダイナミックでもある仕事が求められることになるからです。事務的な部門と見られがちで、法務部員自体も自らの仕事を事務的なものと定義することが少なくないのではないかと思われますが、実際このような状況下で、どこまで攻められるのか、というギリギリのラインを探るときには能動的、積極的な姿勢は不可欠ですし、さらなる攻めが可能であるにもかかわらず、事業部門が攻めのチャンスに気づいていないようなときには、それとなく(ただし、しっかり伝わるように)代替案を提示する、ということも法務に求められる仕事であろうと考えています。

これらの側面から、個人的には、自社のビジネスに対する理解力、想像力、調整力、法的リスク検出能力、そして文章作成能力のすべての力の発揮を否応なしに求められる表明保証条項の作成や修正、そしてそれに伴う打ち合わせや交渉は、法務としての仕事の中でも好きな仕事だったように思います。

いずれにしても、上記の特性から、一般的な事項以外については、書籍に自社の特定の案件に最適な規定がすべて掲載されているということはあり得ず、前述のような手間をかけて、時には多くの人の知恵を借りながら、醸成していくしかありません。