雛型利用と法令違反の回避

少し前になりますが、2020年6月28日付けの日本経済新聞において「新興の知財、大企業が乱用 公取委調査 無償要求や情報流出」と題する記事が掲載されていました。同記事によれば、この表題のような状況が横行していることを受け、今後公正取引委員会と経済産業省が共同でスタートアップに関する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という)の解釈などを盛り込んだ指針を作成していくということでした。

この点に関連して、1年以上前の2019年6月14日に、公正取引委員会により、「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」と題する文書が公表されています。

「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について」と題する文書の第2によれば、ノウハウや知的財産権の不当な吸い上げがあるとの声があったことから、この調査が実施されたようです。

「不当な吸い上げ」の具体例としては、ノウハウの開示の強要、名ばかりの共同研究、特許出願への干渉、知的財産権の無償譲渡の強要が挙げられています。このような行為は、独占禁止法第2条第9項第5号の優越的地位の濫用規制や下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という)に抵触する場合があります(下請法については第4条第2項第3項など)。

これらは「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書(概要)」(以下「報告書の概要」という)の「調査結果」に記載されており、「これまであまり知られてこなかった」との文言があります。

この点については、現場の法務としては当然のように神経をとがらせているところではないかと思われますが、法務部門が設けられていない、または新設されたばかりで、他部署から異動してきた法務未経験者が担当している企業においては、上記のような求めが不公平であると漠然と感じながらも、相手方との取引の開始または継続のために、または不公平だとしても、それを法的に理由づけるための考え方やノウハウを有していないがために、相手方や外部機関に対して声を上げづらいという実態があったものと思われます。

報告書の概要では、「大手の取引先から契約書案を一方的に送りつけられ,「文句を言っているのは貴社だけ」などとそのままの文言での契約を強要される事が日常的に起きている」とあります。このように、事実上、契約案の提示を受ける企業が受け入れるか、あるいは取引をしないか、という二者択一になっているケース(内容の交渉の余地がないケース)は、契約案提示企業が多くのサプライヤーと取引を行っている場合においては、サプライヤーを統一的に管理したい(個々のサプライヤーごとに異なる条件で管理するのは煩雑なので避けたい)との実務面での要請が働くことに鑑みれば、一定程度存在し得るであろうことは想像に難くありません。

特に、定型化されている契約書の雛型は、その使用の際に都度法務部門が関与するというよりも、それを実際に運用する部門が社内のイントラネットからダウンロードして必要に応じて使えるようになっていることが多く、法務に交渉の開始(場合によっては交渉の存在自体)が知らされないようなケースにおいては、二当事者間の力関係において優位な当事者側が(時には法律に違反するような態様で、その事実を知らずに)強硬な姿勢に出てしまう可能性があることは否めません。

リソースが限られている法務部門が、雛型を使用する都度、交渉の内容にまで立ち入って審査することは現実的ではありませんが、法務部門としては、雛型を利用可能な状態にするに際して、その注意点を電子ファイル中に記載し、(特に契約交渉を行う社員に対して)その利用方法についての社内教育を実施することで、上掲の法令違反の発生率を低減することができるのではないかと思われます。