表明保証条項(Representations and Warranties)

M&A契約において、表明保証条項は非常に重要です。

先日の投稿のとおり、M&Aで取得側に回ったときに、自社の想定とは異なる事実が後から発覚しても、採ることのできる措置は限られていることから、事前に、すなわち、契約交渉から締結に至るまでの段階において、前提条件を相手方に表明してもらい、その違反があれば相手方に責任が生じる旨の保証責任を相手方に負わせることが不可欠です。

そして、これも先日の投稿のとおりですが、M&A契約は、その内容が非常に個性的であり、この表明保証条項(英語ではRepresentations and Warrantiesなどと言います。日本語では、略して「レプワラ条項」と言うこともあります)は、まさにそのような個性が強烈に表れる条項の一つとなっています。

一般的なところでは、会社が有効に設立され、存続していること、提出した計算書類等が正確であり、簿外債務等がないこと、訴訟が継続していないこと(あるいは、開示している訴訟以外には訴訟がなく、またそのおそれも合理的に予見されないこと)などが考えられます。

これらは、一般条項的なものであるため、交渉してその範囲を限定したり、拡大したり、ということはあまりないだろうと思われます。したがって、買主側が契約案を提示するのであれば、他の一般的な表明保証条項とともに、ボイラープレート的に規定しておくことになるでしょうし、反対に売主側から提示を受ける場合であって、これらの規定が規定されていないときは、対案を返す際に、当たり前のように「ついで」的に入れておくことになるでしょう。

(なお、売主側は、できれば表明保証する事項を少なくしたいので、薄く表明保証条項を定めてくる場合もあり得ます。ただ、一般的に見られる事項まで規定しないというのでは、買主側の不信を買うだけですので、実務的には薄ければ薄いほどよい、というものでもないと言えます)

表明保証条項で勝負となるのは、こういった一般的な事項以外の事項です。この点については、法務だけではなく、事業に関連する他部署からの意見を募って(むしろ、そちらの方が実情に即している優れた条項になることが多いです)、打ち合わせを重ねて、条項を練っていく、という作業が必要となります。

法務で契約審査、と言えば、一人きりの世界に閉じこもって黙々と作業をするイメージもあり、定型的かつ影響が小さいものはそれでも問題は起きにくいと思いますが、このような全社的に影響を与え得る契約については、他部署との連携が通常の何倍も重要となります。そして、このM&A契約は、とりわけその重要性が高い種類の契約と言えます。

私が企業の法務部門で仕事をしていた頃は、ここは法務の腕の見せどころだと思っていました(し、当然今もその思いは変わりません)。この条項を限られた時間の中で、この契約が目的とするところを理解し、関連部門の意図を汲み、それに関する法的リスクを洗い出し、法務としてベストの案を当該関連部門に提示し、そのままで受け入れられない場合にはその落としどころを探り、それを正確に文面に落とし込んで、交渉していく、という、地道でもあり、ダイナミックでもある仕事が求められることになるからです。事務的な部門と見られがちで、法務部員自体も自らの仕事を事務的なものと定義することが少なくないのではないかと思われますが、実際このような状況下で、どこまで攻められるのか、というギリギリのラインを探るときには能動的、積極的な姿勢は不可欠ですし、さらなる攻めが可能であるにもかかわらず、事業部門が攻めのチャンスに気づいていないようなときには、それとなく(ただし、しっかり伝わるように)代替案を提示する、ということも法務に求められる仕事であろうと考えています。

これらの側面から、個人的には、自社のビジネスに対する理解力、想像力、調整力、法的リスク検出能力、そして文章作成能力のすべての力の発揮を否応なしに求められる表明保証条項の作成や修正、そしてそれに伴う打ち合わせや交渉は、法務としての仕事の中でも好きな仕事だったように思います。

いずれにしても、上記の特性から、一般的な事項以外については、書籍に自社の特定の案件に最適な規定がすべて掲載されているということはあり得ず、前述のような手間をかけて、時には多くの人の知恵を借りながら、醸成していくしかありません。